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2008年7月18日 (金)

マグナムTOKYOこと黒木克昌の消息(1)




画像は闘龍門(現・DRAGON GATE)日本初上陸凱旋記念興行 KING OF DRAGON JAPANのメインイベントでのマグナムTOKYOの入場シーン(1999.1.31)

*マグナムや闘龍門、どらげーに興味ない方はこの記事スルーしてください。

これを見たのは忘れもしない地元のCATV。特に見たい番組も無く、適当に地上波チャンネルをサーチしてたら偶然引っ掛かった案内チャンネルにこの一種異様なプロレス風景が映っていた。多分GAORAへの契約促進を図るためのサービス放送だったのだろう。
確かその時には第二試合のアラケンVS望月亨を流していた筈だ。しょぼい感じのする会場、見たこと無い選手、正直最初は学生プロレスか何かの番組なのかな?と思ったくらいだ。


それでも惹きこまれるものを感じ眺め続けた。第三試合のストーカー市川VS多留嘉一(TARU)のコミカルな展開。他の団体と違う雰囲気がここには溢れていた。

そしてメインイベント。ぶっ飛びそうなマグナムTOKYOの入場シーン!何じゃこりゃ!おもしれえ!もう画面に釘付けだった。この段階ではまだこの団体の名称すら知らなかったのに。

闘龍門はウルティモドラゴン校長(同い年です)がメキシコで旗揚げした「メキシカンプロレス(ルチャ・リブレ)学校」であり、今回出場している選手達はほぼ一期生と二期生だということも知った。皆若い。シーマ・ノブナガ(CIMA)など当時21歳くらいではなかったか。他団体では選手になれなかったり、身長が足りなくて入団できなかったり、でもプロレスが大好きで諦めきれない熱意を持った人間達が集まっていた。




試合はとてつもなく面白かった。闘龍門は「誰が強いのか」を目指すプロレスではなく、「プロレスの格好良さ」、「プロレスの面白さ」を主眼に置いていたのだから当然だ。アングル(リング外でのストーリー展開)を重要視し、キャラ設定を作る。マグナムTOKYO(黒木克昌)はAV男優レスラー(当時マグナム北斗という人気AV男優がいた。こちらも後にプロレス入りしたが)というギミックを持ち、男性ストリッパーのようなパフォーマンスを見せる。



これらのアングルやギミックだけで推し進めたプロレスならば、所詮ハッタリのみでたいしたことは無かったのだが闘龍門が凄かったのはルチャ・リブレの技術をウルティモ・ドラゴン校長がきちんと叩き込んだことだ。そして彼等もそれに答えて新人とは思えないようなパフォーマンスを見せたことにある。目を疑うような動き、目の眩むような多彩な技の数々。それを一度は(身長等の理由で)プロレスラーとしての夢を断たれた者達の努力によって成し得たという事実に、私はひどく感動していた。



特にその時気に入ったのがこのマグナムだった。入場の際にストリッパーのように腰を振りパンツに紙幣を差し込んで貰うというふざけたアクションを取りながら、鍛え上げた筋肉が隆々と光り輝いていた。雪崩式腰振りフランケンシュタイナー(*)の馬鹿馬鹿しい面白さと、そのくせ驚くようなその敏捷な動きに夢中にさせられた。

(*)相手をコーナーポストの上に座らせ自身はコーナーの上に立ち、相手の顔の前でいやらしく腰を振ってから膝で相手の顔を挟み、自身を振り子のように使い反動で相手を投げ飛ばし背中から頭をマットに強打させる技



試合はイルミネーションマッチのため、互いにフラフラになりながらも最後まで残ったシーマを倒しマグナムが勝利という結果だったのだが、試合直後の熱狂している観客へのアピールの最中マグナムは泣き始めた。凱旋興行のメインイベントを成功させた安堵感だったのか、「プロレス」として観客を沸かすことが出来た達成感だったのかそれは分からない。(マグナムは闘龍門の最初の練習生だった。校長とマグナムの二人から始まった団体なのだ)

ただ、立つこともおぼつかない程フラフラになりながらも、己のギミックに準じ四方のコーナーに登り腰を振りながらダンスアピールを続けるその姿。限界に来てるのか身体を支えきれず落ちそうになりながらも、泣きながら腰を振り続けて踊るその姿に、正直「感動」を覚えた。リングに上がったウルティモ校長と抱き合い涙するその姿に、こちらもジンッと来た。後に闘龍門がこちらの地元で興行を行うときに暫く通い続けたのはこの時の感動が胸の中にあったからだ。

闘龍門は次第に人気を得て、大手と遜色ないほどの動員数を誇れる人気団体となった。選手の数も増え、多彩なアングルが目まぐるしく組みなおされマグナムもベビーフェイス(善玉)からヒール(悪役)へ転向したりと変化していった。私自身はこの頃仕事が忙しくなったり、実父の急逝にともなう自営店舗への転職などが重なり、会場に足を運ぶことが無くなっていた。たまに街角で見かけるポスターを見て、あ、やってるな、とは思ってたが、そのうちマグナムの姿がポスターから消えていることに気が付いた。怪我で長期欠場なのかな、と思ってはいたがそれ以上調べたりすることは無かった。

それがつい最近、ひょんなことでマグナムTOKYOが既に退団し引退しているという記事を見つけ、驚きのあまりあちこち調べまわったのがこの記事を書いた原因だった。

長いので一旦切って(2)へ続けます。すみません。

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