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2015年1月27日 (火)

鎧武備忘録【その2】

年内中に書き上げると宣言してから早二ヶ月…皆さん如何お過ごしでしょうか。あけましておめでとうございます(恒例か!)

もう鎧武が終わって何ヶ月でしたっけ?3ヶ月?今更感満載で備忘録その2をブログアップしてる私です。だって忙しかったんだもん。

※正直、その1に何を書いたのか全く覚えていませんorz鎧武備忘録と云うよりも、既に忘れ掛けていると云う状態が正しい。

12月の頭には仕事で右手小指をかなり深く切り裂いてしまいまして(肉ぶらり状態)6針縫うなど、まあ色々あったんすよ。それでもまだ鎧武熱が少しは残ってまして、コツコツ合間見て書き上げてみました。お暇と興味のある方はご覧下さい。

※ドライブ2~3話辺りから離れちゃって観てませーん。そろそろ面白くなる頃合だと思うのでまた復帰しようかなとは思ってます。

葛葉 紘汰
(かずらば こうた)

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【チーム鎧武:元メンバー】

「誰かを励まし、勇気を与える力、それが本当の強さだ!」

紘汰は極めて普通の何も持っていない青年でした。かつては趣味のダンスチームに所属はしていたものの、日々の生活の為のアルバイトに忙殺され、本当の自分、こうなりたいと云う自分の姿を見つける事も出来ぬまま、安穏と日常を過ごしてしまっている、何処にでもいる気の優しい青年。

ずば抜けて何かの才がある訳でもなく、強烈な想いを胸に抱えている訳でもない。時として脆弱と呼んでいいほど臆病でもあり、どちらかといえば受身の人生を歩んできた様にも見える。

そう、彼は自分から目標を持って事を起こすのではなく、あくまでも「出来事」に「対応」していく事でこの物語内での振り幅を作っていったようにも思えるのです。ひたすら「受け止める」事、受け止め続ける事、その振り幅の大きさが彼自身を否応も無く成長させていったと。

いや、成長したと云う言い方はそぐわないかもしれない。彼は多分、基本的には何も変わってないからだ。(見た目は変わりましたけどね)物語に突き動かされて、転ばされて、沢山のものを受け止めさせられて、それによって己が受け止める為の心の「間口」が異様なほどどんどん大きくなっていったのだと思います。

そして「受け止める」って事に関して、実はこの男の容量は最初から半端ないものだったのかもしれません。「間口」が小さいうちは取りこぼしも出るし、一度に限られた量しか取り込めない。例え、その奥に巨大な容量があったとしても。

「守りたいと云う祈り…見捨てないと云う誓い…それが俺の全てだ」

「泣いていいんだ。それが俺の弱さだとしても…拒まない。俺は泣きながら進む!」

それ(間口)が苦痛と共に限界まで引き伸ばされた時、彼は「世界」ですら己の裡に取り込める容量の持ち主である事を証明してしまった。

光実の独善も、戒斗の怨念も、舞の願いも、貴虎の覚悟も、ヘルヘイムの存在ですらも彼は全て受け止めきって乗り越える。紘汰にとって「大人」になると云う事は、全てを呑み込みきれる広さの間口を手に入れる事だったのかもしれない。彼の裡なる容量は最初からその機能を備えていたのだろうから。

そう考えると、紘汰はこの物語世界において「器」としての存在であったのかもしれません。それも世界と等量の。だからその巨大な器が無理矢理にでも露出されたとき、彼は全てを受け容れる神にならざるを得なかった。大人ではなく神に。でも、その運命すら彼は粛々と受け容れた。彼が主役で在り得た点はこの受容力の巨大さであったとも言えます。

あと名前の由来は、前も書きましたけど葛+葉(ヘルヘイムの植物の意)を淘汰(紘汰)する存在、って事であってますよね多分。

駆紋 戒斗
(くもん かいと)

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【チームバロン:リーダー】

この物語終盤のもう一人のキーマンであった戒斗。

戒斗の死は「北斗の拳」のラオウの死とイメージ的に被るんだよね。力の論理、暴力の論理にしがみ付いて、そこを誰よりも真っ直ぐに清々しいほど力強く走りきった処が。

そのまま走りきるもよし、そして無意識では自分を超える優しく強い者によって、その暴走を止められるもよし、と考えていたと思われるフシが。その辺もラオウっぽいんだよね。

とにかく生き方が「武骨」で「不器用」で「不作法」な3B男。元来内面に持っていた優しさを心の鎧で覆ってしまったが故の頑固さではあったのですが…。だからか逆に、力そのものに屈する事はあっても、それが原因で精神的に参る事は少なかった様に見えた戒斗。

精神的に屈するとしたら、それは自分のものではない「外部の理屈」が自分の内面に入ってきてしまった時だったのでしょうね。だから、そうならないように自分の心を憎しみや怒りや様々なものでガードし続けなければならなかった。本当は一番優しくて、一番脆い人だったのかもしれません。そりゃヘルヘイムの森で6歩歩いただけで2歩足をくじくわな。(撮影中の話)

戒斗の怒りの根源は、力による圧制への憤怒でした。ただ、その基幹となるエピソードがユグドラシルによる子供時代の実家の強制立ち退きだったって事が、少々物語的には弱い印象はありました。それが原因で家族が離散するなり倒れるなりしたのかは、ちょっと記憶曖昧で覚えてないのですが、だとしても、子供時代に「壊された」自分の世界への哀惜だけであそこまで人は頑なに変貌するのかの描写が弱かったのです。

体制や力に対する憎悪を持ったまま成長(またはそのまま停滞)したのなら、彼は革命を夢見るテロリストへの道を歩んでもおかしくはなかった。或いはもっとアンダーグラウンドな犯罪者の世界に足を踏み入れていくか。(いや、それ言うなら革命家の方が余計アングラか)

だが、戒斗はそのどちらにも行かず沢芽市で踊る事を選んだ。まあ、これは物語の構成上仕方の無い事ではあったのですが、戒斗の怒りを表現する手法としてのダンスや場所取り合戦だったとしたら、それはちょっとサイズの小さい自己憐憫に思えました。まあ、だからこそ、その膨張し続ける抑圧が解放される手段を得たとき、一気に暴走へのベクトルとして吹き上がったと云う見方も出来る訳なんですが。

とにかく、この物語で戒斗は一番優しくて、一番人間的で、一番弱い存在であったのだと、今では思っています。舞への想いをずっと誰にも、ひょっとしたら自分にも悟らせなかったように。

呉島 光実
(くれしま みつざね)

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【チーム鎧武:メンバー】

私がこの物語の中で一番感情移入したと云うか、気になってしまったのがこのミッチでした。真面目で大人しく、常に和を以って尊し的な立ち位置にいながらも、彼の心の中にはこっそり幼児的な我儘さと、兄に対するコンプレックスが渦巻き、それが初期段階からちらほらと見え隠れはしてました。なので、この子はたぶん終盤には敵側に回るのだろうなーと感じていたのは最初のブログでも書いた次第です。

彼は真っ直ぐに生きていこうとする紘汰に憧れながらも、己が決してそれを成し得ない資質である事も理解していました。だから、紘汰に賭けていた。自分が憧れ崇拝している舞を幸せにしてくれる存在でもあると。

「舞さんに相応しい男だと思ってた!」裏切りを隠そうともしなくなった時、光実はそんな幼い憧憬が根本にあった事を露呈させてしまいました。彼は基本的に「子供」だったんです。だから結果さえ良ければ、と陰で暗躍し、気付かぬ内に暴走していった。

最初の頃、紘汰や舞の明るさを,彼は心から愛していたのでしょう。そして愛すれば愛するほど、自分が裏で行ってる行為が、彼らのもつ明るさからどんどんかけ離れていってる事にも。そして少しずつ無意識に絶望し始め、出発点は純粋だった筈なのに気が付けば悪臭を放つドブ泥に首まで浸かったような汚い場所にいる自分を発見してしまった。

けれど光実はそんな自分を無理矢理、正当化してしまいました。たとえ理屈は正しくても、心は、無意識は、軋んだ悲鳴を上げていく。だからどんどん壊れていったのです。

光実の深層意識の現れでもあった(殺してしまったと思い込んでいる)兄・貴虎の幻影との会話。ここで貴虎から投げつけられる言葉は光実自身の心の中の叫びです。彼は「自分は許されない、だから勝ち取る事によってそれを払拭しなければならない」と思い込んでいました。これはつまり、嘘をつく事、人を騙す事、信頼を裏切る事、を手段として割り切れてはいなかったって事です。薄汚い行為に対する絶望を無意識では理解してた。だから、心と感情がそのギャップに耐え切れず、徐々に崩壊していったのだと思ってます。

恋焦がれ、何よりも大切に思っていた舞を強制的にその手中におさめた時も、手に入れた結果そのものに満足している印象は無かった。それは「欲しいものを手に入れる」が彼の目的だったのではなく、「自分の判断が正しかった」事を(舞自身を含め)証明して貰う事が一義目的になっていたから。

光実の目的は、皆を守る事。――いや「自分のやり方でみんなを守る事」でした。自分が正しいのだと証明する事。しかし、正しくない行いで出した結果には、大抵ロクでもない落とし穴がくっ付いてくる。光実はそこにまんまと嵌ってしまった。それは幼児性の表れでもあったのだけれど。まるで新興宗教に入れ込んだ挙句、予言が外れて茫然自失している元信者みたいな有様で。

「話しても駄目だった奴と お前は戦ったばかりじゃないのか?もし呉島光実の頭の中が本当に化け物と同じだったらお前は今度こそ戦えるのか?あいつと!」

戒斗が紘汰に語った台詞。光実は確かに一時、独善を為す偏狭な人間として存在してました。人の姿をした悪魔のように。そしてそれは紘汰がその身をもって止めた訳です。己が身にわざとその剣を受ける事によって。

光実はそこでようやく、暴走をストップさせることが出来た。それは、紘汰が許すと言ったからではなく、紘汰によって「許されるという概念」が無償で差し出されたから。許されるには「許されたい」と本人がまず願わなければそれは決して実現しない。

「許されない『筈だ』」「許される『訳がない』」、だから顧みない、振り返らない、そんな開き直りにも似た罪悪感に焼かれながら、彼はたぶん破滅を目指して(無意識に)一直線に進んでいたのだと思います。でも紘汰によって「許される」道が明確に示された時、彼は自分の行為を全て受け止めてなお立ち上がる事が出来る一筋の契機を得ました。

それはすぐには機能せず最終回に持ち越されたのですが、「紘汰と舞がこの世界から消え失せた」「消え失せる原因の1つに自分も深く関わった」って事実は、光実にとって実は一番重い刑罰であったとも言えます。彼はこの二人を元々は崇拝してたのですから。

人を失う怖さと、失わせる怖さを光実は痛いほど自分の身に刻み込んだ。そしてそれ故にそこから立ち上がる事が出来たんです。兄・貴虎のように。

「確かにあの人はヒーローだった…でも、もう紘汰さんはいない。だから、僕たちがッ!ヒーローにならなきゃいけないんだッ!変身ッ!」

このシーンの光実の復活は本当に素晴らしかった。もうね、画面の前でドキドキしてた。紆余曲折、裏切り、絶望、迷いを経て再び光の元に立ち返ってくるこのシーン。「大魔王即大如来」ではないですが、闇に堕ちた深さが深ければ深いほど、そのベクトルの反転は闇の深さと同じだけ天の高みへと昇るのです。そして正しい過程を踏んでいたから、今度は報われた。

鎧武が「成長」の物語だとするならば、この子が一番「成長」を手に入れたのだと思いますよ。そして「紘汰」を引き継ぐ存在となり、今度は彼の物語が始まるのでしょう。

城乃内 秀保
(じょうのうち ひでやす)

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【チームインヴィット:リーダー】

城之内、本当に最初は酷いキャラだった。「自称:策士」で狡猾かつ卑怯な事が大好きな卑劣漢。たわいない策略を巡らしながらも、実戦では殆ど役に立たないお荷物キャラ。それでいて裏切り平気で漁夫の利大好きな自己中心・卑怯万々歳!なお兄ちゃんでした。

そんな彼が変わっていったのは2つの経験、「友人(初瀬)を喪った」事と「鳳蓮に鍛えられた」事、これを経てからのお話です。

初瀬と城之内は、コンビとして動く場面が初期には多く見られ、単純で猪突猛進な初瀬とそれに振り回される無能な「自称策士」の二人組は、コメディメーカーとしてコミカル描写の多いコンビでもありました。ただこの交流が本人すら知らぬ間に城之内の中に「何か」の芽を植えつけた。

ロックシードとベルトを失った初瀬を利用価値無しとして見限った処、それに代わる共闘相手として鳳蓮に目を付けた処まではそれまでの城之内の思想の想定内。ただ鳳蓮の強烈な個性はそれを許さず、逆にケーキ職人・ショップ店員として取り込まれ、弟子としての社会修行を強制的に叩き込まれる事となる。これが彼に幸いした。

卑怯者として生きてきた彼は、ここで「大人」や「社会人」の素養を初めて身につけたのかもしれない。耐える事や努力する事も含めて。エキセントリックな面もある鳳蓮だが、この物語の中では数少ない「教え導く大人」の一人でもあったから。

「良かった!みんな無事だったんだ!」

終盤、沢芽市への救助に来た自衛隊から自分達が避難させた人々の無事を聞いて喜ぶ城之内の言葉。真っ先に他人を優先して考え、それを喜ぶ事が出来る城乃内に成長の度合いが覗える。

そして邪武との戦いにおいて、彼は亡き初瀬と同じマツボックリロックシードを用い、贖罪の気持ちと共に黒影へと変身します。しかも初瀬の変身ポーズで黒影になるとは、城之内の想いがこもり過ぎていて素晴ら過ぎる!

主役を張れる力は無いけれど、彼は少なくとも卑怯者ではなくなった。そして確実に光と影なら光を選べる人間へと成長した。鳳蓮と見間違えるほどのパテシィエの腕と共に。これもまた彼の人生への自信の1つとなったのでしょうね。自分の「核」が出来たから。偽りの策士を演じる必要もない。地に足をつけて更に大きくなっていくのでしょう。彼もまたこの物語で大きく成長したキャラクターの一人でした。

初瀬 亮二
(はせ りょうじ)

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【チームレイドワイルド:リーダー】

初瀬ちゃんは猪突猛進な熱血野心家ではあったけれど、それは極めて子供っぽい次元から出る事はなく、思慮の足りなさが目立つキャラクターではありました。ただ彼は「悪人」ではなかった。のし上がろうと足掻きながらも、その手法が分からず無駄に体力と気持ちだけを持て余している感じと云うか。ある意味では真っ直ぐな子。真っ直ぐで、そして愚直。

のし上がる為に組んだ城之内とのコンビの件は上記でも書きましたが、そのコミカルさで番組内の清涼剤としても機能していたかも。ただ、笑えるコミカル担当であった筈の者が熾烈な運命の渦に投げ込まれ、苦しみ、最後には無残に無慈悲にその命を散らすと云う演出が、この鎧武の物語のターニングポイントになった事は疑いありません。

これはコミカル担当だった者だからこそ「効く」演出でもあります。予定調和的に安穏と進む物語の中に、突然冷たく尖ったクサビが肉を裂いてギリギリとねじ込まれたかの様な苦痛と違和感。何か良くない事が遂に始まったかと思わせるような不安感。人の死と云うものはいつだって冗談にはならんのです。その焦燥感を初瀬の死として視聴者にぶつけた感すらあります。

コミカルから(死を含めた)シリアスへ…と云う演出についてはちょっと意味合いが違うかもしれませんが、北野武の初監督作品「その男、凶暴につき」のあるシーンを思い出すのです。

劇中でたけし演じる刑事が情報屋(売人だったか?)のバーテンをトイレで詰問するシーン。

「知らねーよ!」と、とぼけ続ける男の頬を何度も張るたけし。殴られる度に「知らねーよ!」と吐き捨てるバーテン。何度も何度もしつこいほど繰り返されるその行為がギャグ的に見えて苦笑を呼んだのか、客席のあちこちからクスクスと沢山の笑い声が続いていました。(個人的には何笑ってんだコイツラとは思いましたが)その笑い声のなか、スクリーンではひたすらバーテンが殴られ続けています。撮影の為とはいえ、実際に平手で殴ってますので頬はやがて少しずつ赤く腫れ上がっていく。

笑い続けてた観客達の声が少しずつ途切れる様に消えていき、最後には客席全体が呆然とした沈黙に包まれたのを感じた時、この映画、凄いなと感じたんですよ。笑いを起こした筈の行為が、その暴力と云う本質が伝わり始めた途端、空気が変わるかの様に客の反応が変わったんです。固唾を呑んで見守る客席の目の前ではまだ殴り続けるたけしの姿。あの空気の変化は本当に凄かった。

それに通じる変化がこの初瀬の死によって物語に組み込まれました。そう云う意味では構成上、とても大事な役だったのだとも思います。鎧武の物語の舵を大きく切った存在でした。彼の成長した姿が見たかったとは思います。その存在は城之内の中で息づいていくのでしょう。

ザック

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【チームバロン:サブリーダー】

物語序盤の陣取り合戦では卑怯な手口を使おうとするなど、とても主軸に絡むキャラクターになるとは予想すら出来なかったザック。戒斗が抜けた穴を埋め、チームバロンを支え続け、戦極ドライバーを手にしてアーマードライダーとしての力を得てからのザックは、その力に見合うだけの責任感を真摯に育てていきました。

その真骨頂ともなったのが、オーバーロード化した戒斗への偽りの寝返り。かつて憧れ、尊敬していた戒斗自身が、戒斗が目指そうとしていた世界を大きく外れ、破滅のみを誘う存在と成り果てる事を予感した時、彼は己の手でそれを断ち切ろうとしました。それは戒斗が戒斗である為に。そして同じチームの仲間としてのケジメと現在のリーダーとしての自分の責任。

それは湊の命を賭した献身により達成は出来ませんでした。だがそれが無かったとしても、ザックは戒斗の前に屈していたでしょう。彼はただ止めようとしていた。紘汰が戒斗を凌いだのは彼は受け止める人だから。受け止めて、そして打破した。

だが、そうであるとしてもザックの漢としての価値は一切曇りません。彼は、己の出来る精一杯の限界の限界まで自分の力を使ったから。だから戒斗に倒された後も彼は笑えた。己が信じていた「かつての戒斗」の片鱗を自分が引き出す事が出来たから。

戒斗との戦いにおいて彼は重傷を負い、復帰後も松葉杖を使ってダンスステージの監督をしている姿が劇中にありました。その次の回(最終回)では普通に走ってましたから完治したのでしょうけど、演出的にはここでザックには日常生活に支障が出る様な重篤な不具があっても良かったのではないかと思いました。

もう自分では踊る事も戦う事も出来なくなったけど、彼の行動は決して無意味なものではなかったし、彼自身もその結果には(寂しさはあるにせよ)納得して、世界の糧の役割を果たしたと云う自負があっても良かったのかなって事です。この辺は賛否両論ですかね。

この終盤のザックの様子は物語を牽引する程のパワーがあり、曲りなりにも彼もまた主役級のアーマードライダーの一人であったのだと強く思った次第です。

凰蓮・ピエール・アルフォンゾ
(おうれん・ぴえーる・あるふぉんぞ)

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【洋菓子店シャルモンオーナー兼パティシエ:元仏外人部隊傭兵】

本名・鳳蓮厳之介(おうれんげんのすけ)

出演当初と終盤においてキャラ設定の変化が著しかったのが鳳蓮。

(完璧主義者と云う軸はブレてはなかったけど)当初のエキセントリックでコミカル、かつ強いけど大人げないオカマキャラは、まだ当初の物語がシリアスな空気を望んでいなかった事から来た描写なんでしょう。

後半の様子からは、この物語では数少ない「大人」の一人としての責任をきっちりと果たしていたのが見えます。この落差も鳳蓮の魅力のひとつなんですが、これは演じた吉田メタルさんの力に負う部分もかなり大きい。

屈強な肉体にスキンヘッド、厚化粧と付けまつ毛とエキセントリックなオネエ言葉、優れたパティシエ技術とフランス外人部隊で傭兵として活躍した実績、これ以上はないと云う程の「濃い」キャラクター。

ただ彼は一流のパティシエを目指してフランスへ渡り、その為(菓子修行)に仏国籍が必要となると、迷う事無くその目的の為だけに従軍し、尚且つ勲章を授与されるほどの働きも示せるオールマイティさも保持している。

クープ・ド・モンド(クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー:洋菓子の製菓技術を競う世界大会)の優勝経験を持ち、ルレ・デセール(フランスのパティシエ・ショコラティエ協会)の会員資格もあるが、これは1)現役会員二名以上から推薦を受ける2)菓子製造に関する実習試験に合格する、の条件が必要でクープ・ド・モンド優勝者が必ずしもルレ・デセール会員になれるとは限らない。ちなみに日本人は数名しか優勝していない。

ルレ・デセール会員の多くはフランス最優秀職人賞の受賞者、クープ・ド・モンド優勝者、イギリス王室御用達で構成されるなど社会的に一定の地位と名誉が与えられている立場でもある。彼がその栄誉に属している事実(設定)は、彼が「大人の世界」においてしっかりと地に足を付けて生きてきた事の証でもあります。

そして(初期のエキセントリックさはさておき)後進の育成と云う大人にとって大切な部分においても、彼は城之内をパティシエとして、責任を自覚できる人間として育て上げる事にも成功しています。

当初のインベスゲームの頃は敵味方双方からイレギュラーな存在と目されていた鳳蓮ですが、彼の役割はアーマードライダーの一人ながら、大人の責任と能力をしっかりと周囲に伝達していく事だったのでしょう。導く役目として。

「大人」ってのは完全無欠のものなんかではないです。常に成長途中。でも自分が通ってきた道を、そこで得たものを先達として後ろの者に伝える事は出来るのです。

呉島 貴虎
(くれしま たかとら)

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【ユグドラシルコーポレーション:研究部門プロジェクトリーダー】

貴虎は世界の命運と責任をその両肩に乗せている男でした。プロジェクトアーク、箱舟計画によって人類の1/7を救う、いや1/7しか今の自分達には救う段取りが取れない。そして残りの6/7は生き残った人類を襲うインベスに変化するため、まだ人間のうちに全て「処分」する酷薄な計画。

貴虎に常に突きつけられていた「現実」とはそれです。命の取捨選択。全てを救えない自分達の無力さと、一部であろうが救う為の非道の道。血の涙を流しながら救えなかった者達を斬り捨てていかなければならぬ修羅の道。

紘汰は自分を犠牲にして全てのものを救おうとした、云わば「下からの正義」。貴虎は罪なき者達の犠牲を甘受しようとした「上からの正義」とも言えます。現実問題として、どちらがより実現可能で生き延びる確率(人類と云う種を残せる確率)が高いかといえば、それは貴虎らユグドラシルの取ろうとした手法だとは思います。

結果として紘汰は世界そのものを救う力を得てそれを可能にしますが、イレギュラーな出来事であったのは事実。世界は自己犠牲を伴う事を躊躇しなかった紘汰が存在していた事で「運良く」ヘルヘイムの侵食を逃れられたとも言えます。

だが貴虎の脆さってのは、非情に徹しきれない優しさを持ってしまっていた事。そしてそれがまた格別に不器用であったと云う事かもしれません。弟・光実に対しても同様。

「一番信用しちゃいけない相手ばかり信じ込む」と彼を評したのは光実でした。コンプレックスとの狭間で兄を裏切る弟にすら、貴虎は無思慮に全幅の信頼を置く。この辺が彼の不器用さの表れかもしれません。ある意味では真っ直ぐなんですが。

ただ不器用さも時と場合によっては罪にもなる。勝つか負けるか、或いは滅びるか滅ぼすか、そんな二項対立思考が結局の処、自分も弟も追い詰めてしまった。道を踏み外した弟を刺し違えてでも止めると云う思考は、簡潔なようでいて成功しなかったらその相手を更に深い闇に落とす事に繋がる事を理解していなかった。或いは失敗する事を想定していなかった。

光実にやられたあとの漂流、脳の損傷による意識不明のなかで紘汰と交わした台詞「お前の様な兄がいたら、光実も道を踏み外さずに済んだのかもな…」もそう。やっぱり少しズレてる。誰かが光実rをどうにかしてやっていたら、って思考そのものが既に光実を縛っていたのだと云う事に気付いていません。

であったとしても、彼自身の気高さと云うか、高潔さには変わりはないのですが。少なくとも彼は自分に出来る以上の事を必死にやり遂げようとしていたし、その責任もしっかりと認識をしていました。ヘルヘイム騒乱が終結した後も、ユグドラシルがやろうとしていた事、或いは仕出かしていた事、それらの後始末に対し彼は真摯に向き合っていく姿が描写されています。

それと意識の中で紘汰に言われた「大変なのは分かってる。今ではもうあそこの場所はあんたにとって辛い場所になるだろう。いっそこのまま眠り続けた方が幸せになるかもしれない」台詞。それでも貴虎は紘汰によって呼び戻された後、安逸な眠りではなく、その辛い場所に戻る事を選択しました。

それが関わった者の、大人としての責任だと云う自負があるから。たとえその時点ではそれがベストウェイだと考えたとしても、引き起こした事象への贖罪と責任は応分に貴虎にも存在しています。その責任を果たす事が大人としての貴虎の為すべき事。そしてそれが弟に対して自分の背中で語って見せる事でもあります。彼もまた鎧武に登場する大人の一人でもありました。

貴虎と云う名前、加藤清正とも比較される、三大築城名人の一人でもあり人格者でもあった戦国大名・藤堂高虎が名前のモデルですかね。主君を変え続けながらも、己の身を犠牲にし、領民を守り続けた男。

※高虎の身体は弾傷や槍傷で隙間なく埋め尽くされ、右手の薬指と小指はちぎれ、左手の中指も短く爪は無かった。左足の親指も爪が無く、満身創痍の身体であり、75歳で高虎が死去した際に若い近習が遺骸を清めて驚いたと言われています。

戦極 凌馬
(せんごく りょうま)

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【ユグドラシルコーポレーション:研究員チーフ】

この物語に登場する卓越した外道でもあるプロフェッサー凌馬。正に悪と呼ぶより「ド外道」の言葉が似合う稚拙な利己主義者。プロジェクトアークの最高技術責任者でもあったが、まず人選に失敗してる時点でこの計画は暗礁に乗り上げてましたね。

しかし終盤の凌馬はもう本当にムカつく以外の何者でもない。青木玄徳さんいい仕事されました。無論、ロックシードから戦極ドライバーシステムを開発するなど、技術者としての彼は非常に優れた才能の持ち主。だが人間性は極めていびつな稚気溢れた子供のまま。

前のブログでも書きましたが、後半の凌馬の服装がハーフパンツに変わったのはその「子供性」をより明確にビジュアル化して表現する為でしょう。ただ彼は悪気の無い子供だった訳ではなく、悪気を持った子供のまま大人になった人物でした。しかも能力としてはかなり高いレベルに達した大人。代償の様に倫理性が抜け落ちてた(或いは育たなかった)のは、悪い大人(子供のままの大人)に共通する部分ではあります。

彼は基本的に「己」と「それ以外」の区分しか出来ない人間のようです。己が最高の人間であって、愚かな周囲は自分に従属されなければならない存在。そこが彼にとっての最終目的地点だったとも言えます。ただ彼は必ずしもトップに立つ気はなかったのでしょう。選民の為でもある戦極ドライバーを開発し、矢面には立たず関白のようにトップを動かすシステムの中枢に座って愉悦を得る事、それが凌馬の望む自己実現の世界だったともいえます。

この辺が如実に現れてるのは凌馬の最期を描く第43話の以下の台詞。

凌馬「意識を…保ってる?バカな…。化け物めッ!許さん…許さんぞッ!私のドライバーに頼らず人間を越えるなど!変身!」

凌馬「私の才能が…研究が…唯一価値のあるものなんだ!この世界の真理なんだ!!」

凌馬を遥かに超えてしまった戒斗には「成る程…それが貴様のこだわりか…案外つまらんプライドだな…」と易々と看破されてましたが、膨れ上がった幼稚な自己愛と過剰な承認欲求でパンパンになった自我が彼の正体。

基本的に慇懃無礼な凌馬が、鼻であしらっていた紘汰に対して態度が変わったのも、彼が他のロックシードを凌駕する(己も知らぬ)カチドキアームズ・極アームズの力を自分を介さずに手に入れてから。

貴虎を見切ったのも彼が戦極ドライバーの力で頂点に立つと云う自分の目標を共有しない事が貴虎自身の言葉で判明したから。

そしてユグドラシルを裏切っていたのも、オーバーロードや黄金の果実などのヘルヘイムの秘密を自分の為だけのものにしたかったから。

とにかく彼は利己的なのです。目的と手段で云うなら、彼は人類の存続などには何も興味はなく、自分自身が最高の価値存在であり続ける事、そこをのみ幼児的な真っ直ぐさ、ある意味では熱心さで追求し続けたのでしょう。彼にとって不幸だったのは、彼自身の抱えるスペックの高さに反比例してその精神が未熟過ぎた事、ただのバカならバカのまま一生を終えたのかもしれませんが、その能力の高さは己を含む多くの人間の不幸を招きました。

意識せず毒を撒き散らす存在。最悪の人間のパターンの一人がこの凌馬であったともいえます。

ところで、光実に渡したヨモツヘグリロックシード、またあつらえた様に廃墟の病院の引き出しに入っていたって事は、あの病院は元々凌馬の手の内にある施設だったんでしょうなぁ。

湊 耀子
(みなと ようこ)

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【ユグドラシルコーポレーション:凌馬秘書兼ボディガード】

彼女は哀しい人生だったのかもしれないなと云う気分は今も残っています。だからこそ最期に好意を寄せた戒斗の腕の中で息を引き取る様が活きてくると云う部分はあるのですけどね。

変身しておらずとも、その格闘技術はプロの傭兵であった鳳蓮と遜色なく、秘書としての技能、諜報能力も一流、まるで何処かの政府機関の諜報員の如き完璧さを備えた麗人。

彼女が凌馬の仲間として組んだのは、彼がヘルヘイムの謎を解き、ドライバーによってそれを組み伏せ、人類の王として君臨する器であろうとの予測からだったのでしょうか。彼女は自分が王になるのではなく、王を作り上げる事を望んでいました。

「私は王を求めている。私の元で王を生みだし、その生き様を見届ける。それが私の望み…貴方の事よ。私の王は駆紋戒斗、貴方だとそう決めたの」

この生き方は彼女が過ごしたどんな過酷な人生によって育まれたのでしょう。先に挙げた高いスペックからも、耀子はただ単に自分の趣味で格闘を学び、様々なスキルを磨いたとは考えられません。某かの諜報機関・政府機関での訓練を経たエージェントであったのが過去の耀子だったのでしょう。

ひょっとしたら、凌馬を護衛すると云う名目で隠密に監視を行うお目付け役を兼ねていたのかもしれません。それがユグドラシルなのか政府機関からの命令なのかは不明ですが。ただ彼女はその任務よりも、「己が王を作り出す夢」を追った、と考えます。雇い主の思惑を外れ、徐々に凌馬シンパとして独自の行動を取るようになったのでしょう。それは、世界がもうそれらの規範の元には戻らない予測から来ていたのだとも思います。

そして彼女は戒斗に逢った。最初は取るに足りない存在としてしか見ていなかった耀子ですが、戒斗の魂に触れ続け、凌馬からも見捨てられた後、彼女は戒斗を自分の主とする決意をしました。世界を滅ぼすかもしれない存在になる可能性すら許容しながら。

彼女は誰かの庇護の下に、いや信頼できる存在を大きく育て上げ、その安逸な庇護の下に己の身を置きたかったのかもしれません。そこには幼い頃の哀しい家庭環境が影響していた可能性も推測されます。彼女は自分を越えた存在である戒斗に庇護者を求め、そして「男」を求めていた幼い子供だったのかもしれません。

戒斗の腕の中で息を引き取るその数瞬の刹那、恋人達の戯れにも似た甘い戯言の中、彼女は死んでいきます。あくまで「王」を作り上げる為に。彼の心の中に残る為に。舞の存在を知っている彼女は、自分がその場所に座る事が不可能な事を感じていました。ならば、命を賭してでも彼を守り、彼の心の中に生き続ける事が彼女にとって安住の場所だったのかもしれません。哀しい女性でした。

ちなみに港のヨーコ横浜横須賀~♪と関係あるんでしょうか。

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【錠前ディーラー】

沢芽市のビートライダーズ達にロックシードを闇で流していた売人が彼であったのだが、シドの出自は作品内では殆ど語られていなかった。貴虎ではなく凌馬のラインからユグドラシルに引き上げられた様な印象はあります。

シドはキャラの背景が殆ど描かれないまま退場させられた上、事後のフォロー(例えば初瀬の様な)も全く無かったので、結局謎のままのチンピラで終わってしまった気がして勿体無いキャラだったなとは思ってます。

何かにつけ「自分は大人、紘汰達はガキ」といった台詞が目に付き、彼らを嫌悪し敵視していた様子が覗えます。彼は青年と云うよりは中年に差し掛かった年齢に見えましたが、これはかなり同族嫌悪に近い感情ではなかったでしょうか。

ロシュオの念力で崖に挟まれ圧死する直前まで、「二度と誰の言いなりにもならない!」「誰にもナメた口を利かせない!」といった、子供のような本音を絶叫していました。また黄金の果実を巡っては、雇い主であるユグドラシル、貴虎、凌馬をすら裏切り、自分がそれを手に入れ王として君臨する野望すら剥き出しにしました。

彼の本質と云うのはルードボーイ(不良少年)であって(ポークパイハットも被ってましたし)、虐げられない為に力を持つ、その一点にのみ彼の意識は向いていたのだと思うのです。ただこれではテッペン取った後のビジョンなんて何も無い訳なんですよ。ただ、誰にも自分に文句を言わせない、ナメた真似はさせない、その状態を出来る限り長く保つ、それ以上の事は考えられないチンピラの思考なんです。

彼がどの様な人生を歩んできたのか、それは語られないまま終わったのですが、上記で示された「本音」から伺い知れるのは、彼の肥大した自我と自尊感情。そしてそれに見合うだけの能力が実は無いって事実。現実でもたまに見かける小児的な小悪党が彼が歩んできた人生なのだと思います。それが殺される程の罪悪であったのかどうかはともかくとして。

鎧武が「成長」の物語であったとしたなら、その対極の存在であった「子供のまま大人になっちゃった愚かな人」として、彼の稚拙さを際立たせるエピソードがもっと欲しかった様にも思えます。更に「子供」だった凌馬を浮き上がらせる為にその役を取られたのかもしれませんけどね。

あと、彼を見てるとどうしても「もしかしてだけどぉ~♪」のメロディが浮かんできて困ります。

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コメント

久しぶりに本編見返しましたが鎧武のキャラ考察ではこのサイトが一番素敵
「大人の目線」から見た厳しくも暖かみのある文章に引き込まれてしまいました
Vシネは結局ご覧になられたのですか?バロン編はぜひ見て頂きたい!強さに括り続ける戒人の背景に踏み込んだ名作だと思います
何で強さを表現する手段としてダンスを選んだの?という一番の突っ込み所(笑)以外は、戒人の思想と行動原理に納得が出来るかと思われます


ただ一つだけ考察に納得出来ない箇所があるのですが…
湊さんに甘くないですか?(笑)主任失脚、それによるミッチ悪墜ち加速に一枚噛んでおきながら平気でコウタ達と共闘するのはさすがにどうなんだろうと思います
それだけならともかく主任を殺した事は秘密にしてたわけですよね?そこだけはコウタ達にちゃんと言わないとダメでしょう
凌馬や光実を罵倒する資格はこの人無いよなあって未だに終盤の展開見て思います

投稿: ドンタコス | 2017年4月30日 (日) 13:41

苦悶 解答

投稿: | 2015年2月23日 (月) 19:16

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